大判例

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名古屋高等裁判所 昭和57年(う)303号 判決 1983年1月13日

主文

原判決中、被告人黒野洋一、同中野則幸に関する部分を破棄する。

被告人黒野洋一を懲役二年六月に、同中野則幸を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中、被告人黒野洋一に対し一五日、同中野則幸に対し一三〇日をそれぞれその刑に算入する。

被告人中野則幸に対し、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人黒野洋一について弁護人大池暉彦作成の控訴趣意書に、被告人中野則幸について弁護人鋤柄一三作成の控訴趣意書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第一被告人黒野について

一  大池弁護人の控訴趣意は、要するに、被告人黒野洋一を懲役三年に処した原判決の量刑が、重すぎて不当であるというのである。

二  論旨に対する判断に先立ち、職権をもって調査すると、原判決は、被告人黒野らの原判示第一の事実について相被告人中野則幸もその全体について共犯者としての責任を負うべきであるとし、右犯行の当初から被告人中野が共謀加功した旨認定しているところ、のちに被告人中野に関する控訴趣意に対する判断第二の二で説示するのと同様の理由により、関係各証拠によれば、被告人中野は本件犯行の中途からこれに共謀加功したものであり、同被告人は右第一の後段摘示の一〇〇〇万円に対する恐喝未遂の限度で共犯としての責任を負うにすぎないと認められるから、原判決は、右の点で被告人黒野にとっても事実を誤認したものといわざるをえない。しかし、右誤認により原判決を破棄することは、被告人黒野にとって利益になるとは考え難く、また、右各証拠によって認められる本件の事実関係にかんがみると、右誤認は同被告人にとってその判決に影響を及ぼすことが明らかであるということができないので、原判決破棄の理由とならない。

三  そこで所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討すると、本件は、被告人黒野が山口組系の中野組(組長中野健市)組員である原審相被告人甲斐哲、同村川英二及び同宮崎政男と相謀り(なお相被告人中野は前叙のとおり中途から共謀加功した。)、原判示の鍼灸専門学校の理事長兼学校長であるA(当時七一歳)に不正行為があるとして、同人を執拗に脅迫し、同人をして二回に分けて一〇〇〇万円ずつ合計二〇〇〇万円を支払う旨約束をさせて、うち一〇〇〇万円を喝取し、残りの一〇〇〇万円については同人が支払いに応じなかったため、未遂に終わった事案である。そして被告人黒野は、脅迫行為を自らは実行していないが、右犯行を発案、主導し自己が右被害者を脅迫するための資料などを準備し、これに基づいて共犯者村川、宮崎らに被害者を脅迫、追及させたもので、その態様は知能的であり、被告人黒野の果たした役割は重要なものであること、そのうえ被害額も多く、そのうち五〇〇万円を同被告人が取得していること、共犯者らの取得分中四〇〇万円については現在なおその被害が回復されていないこと、その他同被告人の性格、行状などを総合考察すると、その責任は甚だ重いといわなければならず、同被告人を厳しく懲役三年に処した原判決の量刑の意図も理解しえないわけではない。しかし、他面、被告人黒野は自己の勤務先や母親から借財をもして自己の取得分五〇〇万円を全額被害弁償し、被害者も同被告人のため寛刑を望む旨の嘆願書を作成していること、同被告人は組関係がなく、これまで二回罰金に処せられたほかには前科もないこと、被害者に不正行為があると疑われるような状況が存在したこと、原審で(ただし、甲斐は控訴取下げにより)すでに裁判が確定している共犯者らとの刑の権衡、その他被告人黒野の家庭状況、反省態度など、所論の点を含め証拠上肯認しうる同被告人に有利な諸事情を斟酌すると、同被告人について刑の執行猶予を相当とするまでの事情は認められないが、原判決の量刑は、刑期の点でいささか重きに失するものと考えられる。論旨は、右の限度において理由がある。

四  よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決中被告人黒野に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に判決する。

原判決が被告人黒野について認定した事実(ただし、原判決書四枚目表六行目に「豊岡通」とあるのは「豊国通」の誤記と認める。)に法律を適用すると、同被告人の原判示第一の所為は包括して刑法六〇条、二四九条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で同被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中一五日を右刑に算入することとする。

第二被告人中野について

一  鋤柄弁護人の控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の論旨について

論旨は、要するに、原裁判所が第六回公判において検察官の本件訴因の追加を許可したのは法令に違反するというのである。

そこで記録を調査して検討するに、まず所論指摘の訴因変更に至る経緯、これに対する原裁判所の措置などについてみると、記録によれば、以下のように認められる。すなわち、本件起訴状記載の公訴事実第一の要旨は「被告人五名(被告人黒野洋一、同中野則幸の両名並びに原審相被告人甲斐哲、同村川英二及び同宮崎政男の三名)は、原判示鍼灸専門学校の理事長兼学校長であるAに不正があるなどの噂を聞知するや、これをたねに同人から二〇〇〇万円の金を喝取しようと企て、共謀のうえ、昭和五七年二月二四日から同年三月二日ころまでの間、右A方に赴き、あるいは電話で、同人に対し、こもごも原判示の脅迫文言を怒号脅迫して二〇〇〇万円の交付方を要求し、もし、この要求に応じないときは、同判示の危害を加えかねない態度を示して同人を因惑畏怖させ、同人をして同年二月二五日及び一週間後の同年三月三日にそれぞれ一〇〇〇万円を被告人らの指定する銀行口座に振り込んで支払う旨約束をさせたうえ、同年二月二五日Aをして現金一〇〇〇万円を名古屋市中村区名駅五丁目二番一五号第三相互銀行名古屋支店の佐藤広名義の普通預金口座に振込入金させてこれを喝取した」(以下、この部分をA事実という。)というのであった。これに対し、被告人中野とその弁護人は、同被告人は右一〇〇〇万円の喝取について共謀したことも関与したこともない旨陳述し、とくに弁護人は、原審第五回公判において本件恐喝は二月二五日に既遂に達しそれで終了したと公訴事実からは考えられ、したがって、同被告人については訴因が明示されていないので公訴棄却の、かりにそうでないとしても無罪の裁判がなされるべきであるなどとの最終弁論をして審理が終わった。ところが、検察官は原審第六回公判において弁論の再開を求めてこれが認められると、訴因変更請求書をもって、前記原審被告人五名に対する関係で、右A事実に続けて「さらに同年三月一日同市中村区豊岡通(豊国通の誤記と認められる。)一丁目一二番一号十六銀行中村支店に加藤正美名義の預金口座を開設し、前記Aに対し、同月三日に同口座に現金一〇〇〇万円を振り込んで支払うよう要求指示したが、同人において同日までに振込まなかったため金員喝取の目的を遂げず」との事実(以下、これをB事実という。)を追加して訴因を変更する旨請求するに至った。右請求に対し、各弁護人から右訴因変更は許されない旨反対意見が述べられたが、原裁判所は右訴因変更を許可したうえ、直ちにこれに対する各被告人及び弁護人の陳述、当事者双方の最終意見、各被告人の最終陳述をそれぞれ聴き、同期日に原判決を言い渡した。そして原判決は、その第一の事実において右A、Bから成る変更後の訴因と同旨の事実を認定し、同事実について被告人中野を含む被告人五名を刑法六〇条、二四九条一項の恐喝罪に問擬して処断し、その「量刑の理由」欄の末尾に「被告人中野は、未遂となった後段の実行行為にのみ加担し、先行行為に加功していないことは証拠上明らかであるけれども、その後被告人黒野らから本件犯行の意図を打ち明けられ、かつ情を知って喝取金の一部を自己及び自己が率いる中野組の分配金として取得したうえ後半の実行行為に加担しているのであるから、承継的共犯として、一罪である本件恐喝既遂の全部の責任を免れない」旨の説示を付加した。以上の事実が認められる。

鋤柄弁護人の所論は、被告人中野は当初の訴因(A事実)には無関係でこれに該当するものがないのであるから、同被告人には公訴事実が存在せず、これに対する訴因の追加ということはありえない。しかも、追加訴因は当初の訴因の事実と全く相異なった三月一日以降の事実であって、両事実の間には基本的な事実関係の同一性が被告人中野について認められない。したがって、右訴因の追加を許可した原裁判所の措置は刑訴法三一二条に違背する旨主張する。

しかし、当初の訴因(A事実)と追加された訴因(B事実)とを対比検討すると、前者は、その全体が被告人中野を含む被告人五名の共謀にかかる恐喝の犯行と主張されているうえ、二月二四日から三月二日ころまでの間にこもごも被害者を脅迫して二〇〇〇万円の交付方を要求したこと、被害者をして二月二五日及び三月三日に各一〇〇〇万円ずつ右被告人らの指定する銀行口座に振り込む旨約束させたことなどが記述されているもので、すでに後者に関する三月一日以降の被害者に対する金員交付の要求やその基礎をなす同月三日における一〇〇〇万円の支払い約束を含んでいたものと認められる。そして後者は、この点を具体的に明確にし、三月一日以降の事実を恐喝(未遂)の構成要件にあてはめて記述したものと解されるのである。なお、かりに所論に従い当初の訴因が二月二五日までの一〇〇〇万円の喝取部分をその主張内容とするものであり、のちに追加された三月一日以降の一〇〇〇万円の恐喝未遂部分を包含していなかったとしても、関係各証拠によれば、両者は基本的な事実関係を同じくする一連の行為であると認められ、検察官がこれを段階ごとに区切って主張したことになるにすぎず、法律的評価のもとでは一〇〇〇万円の恐喝既遂部分と残余の一〇〇〇万円の恐喝未遂部分とが包括的に恐喝既遂の一罪に該当すると解される(したがって、後者は所論のように単なる犯罪終了後の事情ではない。)から、当初の訴因と追加された訴因との間には公訴事実の同一性があり、両者は合わせて一個の公訴事実を形成するものと認められる。なお、訴因の事実が客観的に存在しないとしても、それだけで所論のように公訴棄却を言い渡すべきものではない。したがって、前叙の訴因変更を許可した原裁判所の措置が、所論のように刑訴法三一二条に違背するとはとうてい解されない。論旨は理由がない。

二  鋤柄弁護人の控訴趣意中、事実誤認及び法令適用の誤りの各論旨について

論旨は、要するに、被告人中野は原判示第一の事実について共犯者らと共謀したことも、被害者Aを脅迫したこともなく無罪であるのに、これを積極に認定した原判決は、以下述べるとおり事実を誤認したものであり、また、その法令の適用にも誤りがあるというのである。すなわち、被告人中野は、昭和五七年二月二三日から同月二五日午後三時ころまで別件で千種警察署に逮捕されていたもので、本件に関する計画も実行の事実も全く聞かされておらず無関係であった。しかるに、原判決は、その「量刑の理由」欄末尾において、被告人中野が原判示第一の前段摘示の一〇〇〇万円の喝取に加功していないと認めながら、いわゆる承継的共犯の理論により同被告人にも本件恐喝既遂の全部について責任がある旨判断しているところ、右判断には事実の誤認があるうえ、その説示する承継的共犯の理論も誤っている。被告人は前述のとおり無罪であるが、もし、本件において被告人中野の行為が罪になるとすれば、追加訴因の限度で、一〇〇〇万円の恐喝未遂の点についてだけであり、その適用法令も刑法二四九条一項ではなく同法二五〇条とすべきであるというのである。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、原審で取り調べた関係各証拠によると、

(一)  相被告人黒野は、以前原判示中和鍼灸専門学校に在籍したことがあるところ、同学校の理事長兼学校長であるAに原判示のような不正行為があるとの噂を聞知すると、これをたねに同人から金員を喝取することを考え、まず昭和五七年一月下旬ころ中野組組長中野健市の舎弟である原審相被告人甲斐にこの計画をもちかけ、同人に入学の裏金を取っている学校があり、脅せば一〇〇〇万円以上になるから折半でやらないかなどと話した。甲斐も、この話しに乗り気になり、脅迫を自己の若い衆に実行させると約束し、同人の紹介により中野組組員である原審相被告人村川、次いで同宮崎が右計画に加わることになった。右相被告人黒野ら四名は、同年二月二三日ころまでの間に、準備あるいは打合わせなどをしてAから金員を喝取することの謀議(共謀)を遂げた。

(二)  村川、宮崎の両名は、右共謀に基づき、二月二四日原判示A方に赴き、こもごも同人に対し、原判示の脅迫文言を申し向けて二〇〇〇万円の交付方を要求し、同判示のとおり同人を困惑畏怖させ、同人をして「翌二五日及び一週間後の三月三日の二回に分けて一〇〇〇万円ずつ(合計二〇〇〇万円)を右村川らの指定する銀行口座に振り込んで支払う」旨約束をさせたうえ、右二五日Aをして現金一〇〇〇万円を原判示第三相互銀行名古屋支店の佐藤広(架空人)名義の普通預金口座に振込み入金させてこれを喝取した。そして同日、村川において右金員を払い戻したうえ、相被告人黒野と甲斐とが折半して五〇〇万円ずつ分け、更に甲斐は自己が取得した五〇〇万円のうちから村川、宮崎の両名に各一〇〇万円(合計二〇〇万円)を分配した。

(三)  ところが甲斐は、別件で警察から手配され逮捕状が発付されていたことを知っていたところ、同じ件で同年二月二三日逮捕された中野組の若頭である被告人中野が同月二五日釈放されてきたことから、自己も警察に出頭することを決意し、Aから三月三日支払われる予定の一〇〇〇万円の取立て、受領、分配などを被告人中野に託そうと考えた。そこで甲斐は二月二五日(前記一〇〇〇万円の分配後)名古屋市中村区内の名古屋ターミナルホテルで被告人中野と会い、同被告人に対し右犯行の概略を話したうえ、三月三日支払われる予定の一〇〇〇万円について、その取立て、受領、分配などの指揮一切を依頼したところ(なお、分配額については相被告人黒野に五〇〇万円を渡すことを含め具体的に指示した。)、被告人中野もこれを承諾した。その際甲斐は、自己がさきに受け取っていた前記の金員中から、被告人中野に小遣銭として二〇万円、中野組の費用として三五万円を渡した。なお、被告人中野が爾後の犯行に加わることは、そのころ村川、宮崎も了承しており、甲斐は三月一日相被告人黒野に、警察に出頭する自己に代わり犯行を遂行する者として被告人中野を引き合わせ、その了承を得た(したがって、被告人中野は、この段階までに順次、相被告人黒野を含む共犯者らとの間で、爾後の犯行に加わりこれを共同して行うことの共謀を遂げたものと認められる)。

(四)  相被告人黒野は、同日(三月一日)新たに原判示十六銀行中村支店に加藤正美という架空人名義の普通預金口座を開設したうえ、その口座番号を村川に連絡した。翌二日村川及び被告人中野が電話でAに対し同月三日には右口座に残りの一〇〇〇万円を振り込むよう執拗に要求したが、同人はこれより先本件を警察に届け出ており、右要求に応じなかったため、右一〇〇〇万円については金員喝取の目的を遂げることができなかった。

以上の各事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告人中野は、二月二五日相被告人黒野らが一〇〇〇万円を喝取、分配したのち、遅くとも前記(三)記載の段階で、相被告人黒野ら共犯者との間で爾後の犯行(三月三日支払い予定の一〇〇〇万円の喝取)に関し共謀を遂げ、これに加功するに至ったと認めるに十分である。

ところで原判決は、その「罪となる事実」第一において原審被告人五名が当初から共謀のうえ本件恐喝(既遂)の所為に及んだ旨判示しているのであるから、前記認定の事実に照らし、右の判示はそれ自体すでに事実を誤認したものといわなければならない。もっとも、原判決は、「量刑の理由」欄末尾において、被告人中野の責任がさきに述べたとおり一罪である原判示第一の犯行の全部に及ぶ旨説示しているのであるが、前記認定の事実にかんがみると、右説示は首肯し難い。すなわち、本件において、被告人中野の加功前すでに先行行為者(共犯者ら)による一〇〇〇万円の喝取は完全に既遂状態に達し、その金員の分配も終了していたのであるから、被告人中野にとってその既成の事実に対し支配を及ぼすことは不可能であったことが明らかである。したがって、この点の責任までも被告人中野に負わせることは相当でない。検察官が当審の弁論で引用する大審院昭和一三年五月三一日並びに東京高裁昭和三四年一二月二日及び同月七日の各判決は、いずれも事案を異にし本件に適切でない。もっとも、被告人中野は、共犯者らとの間で、さきに村川、宮崎が行った脅迫並びにこれによる被害者の畏怖状態や三月三日残りの一〇〇〇万円を支払うとの約束を容認したうえ、これらを利用して爾後の犯行を遂行することを共謀し、現にこれらを利用して自らも右金員支払いの要求行為を行っていると認められるから、その限度では、被告人中野の行為は、その構成要件該当性を考察するうえで、同被告人に事前共謀があった場合と価値的に同視しうるものと考えられ、この意味では共同正犯としての責任の内容について先行行為を承継しているということができるのであって、同被告人の加功後に被害者に対する脅迫行為がなかったとしても、同被告人はなお右一〇〇〇万円については共同正犯として恐喝未遂の責任を免れないと解するのが相当である。

そうしてみると、右と異なり原判示第一の犯行全体(恐喝既遂)について被告人中野の共犯責任を認めた原判決は、その前提事実を誤認したか、あるいは共同正犯における責任の範囲に関し法令の解釈適用を誤ったものというほかはなく、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

三  よって、被告人中野に関する量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決中同被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人中野則幸は、山口組系弘田組内石倉組内中野組(組長中野健市)の若頭であったもの、原審相被告人甲斐哲は同組長舎弟であり、同村川英二、同宮崎政男はいずれも同組組員であったもの、相被告人黒野洋一は学校法人A学園中和鍼灸専門学校に以前在籍(ただし、右学校法人となる前)したことがあり、また、右甲斐とは麻雀屋で知り合い顔見知りの間柄になったものである。

被告人中野を除くその余の四名は、右学校の理事長兼学校長であるA(当時七一歳)が裏金を取って水増し入学をさせたり不正に国家試験問題を入手してこれを売って儲けているなどの噂を聞知すると、これをたねに同人から金員を喝取することを企て、共謀のうえ、昭和五七年二月二四日愛知県稲沢市《番地省略》の同人方において、村川及び宮崎の両名が、Aに対し、こもごも「お前が一〇年で二〇〇〇万円以上の脱税をしていることを知っている」「昨年の国家試験の問題やけど茨城とか岐阜の問題を売って儲かっただろう」「いま稲沢にも学校を建てているそうだな。こんなことがばれたら学校も建てられんだろう」「二〇〇〇万円出せば表に出さないようにしてやる」などと申し向け、もし、この要求に応じないときは、右不正について税務署や前記学校法人の監督官庁である厚生省などに通報するのみならず、同人の身体などにも危害を加えかねない態度を示して脅迫し、同人を困惑畏怖させて、翌二五日及び一週間後の三月三日の二回に分けて一〇〇〇万円ずつ(合計二〇〇〇万円)を村川らの指定する銀行口座に振り込んで支払う旨約束をさせ、これに基づき翌二五日Aをして現金一〇〇〇万円をあらかじめ開設した名古屋市中村区名駅五丁目二番一五号第三相互銀行名古屋支店の佐藤広という架空人名義の普通預金口座に振込み入金させてこれを喝取した。次いで同日、甲斐は同市中村区名駅一丁目一番二号名古屋ターミナルホテルで被告人中野と会い同被告人に対し右犯行の概略を話したうえ、別件で警察に出頭する自己に代わって、三月三日支払われる予定の一〇〇〇万円についてその取立て、受領などの指揮一切を依頼したところ、同被告人もこれを承諾し、村川、宮崎、相被告人黒野も、そのころ被告人中野が爾後の犯行に加わることを了承し、ここに被告人中野は甲斐ら四名と共謀を遂げ、Aの前記畏怖状態に乗じその約束した右金員を交付させる目的で、同年三月一日同市中村区豊国通一丁目一二番一号十六銀行中村支店に加藤正美という架空人名義の普通預金口座を開設したうえ、翌二日ころ村川及び被告人中野が、前記Aに対し電話でこもごも右口座に現金一〇〇〇万円を振り込むよう執拗に要求したが、同人がこれに応じなかったため、右一〇〇〇万円については金員喝取の目的を遂げなかったものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人中野の判示所為(前説示の一〇〇〇万円に対する恐喝未遂の点)は刑法六〇条、二四九条一項、二五〇条に該当するので、その所定刑期の範囲内で同被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中一三〇日を右刑に算入し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

証拠に現われた諸般の情状、とくに被告人中野は、愛知県青少年保護育成条例違反罪で罰金に処せられて釈放されたばかりの身でありながら、共犯者甲斐から頼まれたとはいえ、すぐ同人らが計画遂行中の本件犯行に賛同し、加わったもので、右犯行の罪質、動機、態様、要求金額、同被告人の組組織上の地位、性行などにかんがみると、その刑責は軽視することができないが、他面、同被告人が関与したのは前叙の経緯によるもので、一〇〇〇万円の恐喝未遂についてのみであり(当初の計画、脅迫などの重要部分には関与していない。)、被害者が警察に届け出ていたため客観的には成功の見込みがなかったもので、その加功の程度は、共犯者らに比して低いと認められること、これまで罰金前科が三回あるのみで禁錮以上の刑に処せられたことがないこと、すでに原審以来一〇か月余勾留されており反省の機会が与えられていること、その他共犯者らとの刑の権衡、とくに所論のとおり村川英二についてすでに原審で刑執行猶予の裁判が確定していることなど、被告人中野にとって有利な諸事情を考慮すると、その刑の執行を猶予するのが相当と考えられるので、前記のとおり量刑処断した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野慶二 裁判官 河合長志 鈴木之夫)

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